カオスな日々5

(1998.1.1〜3.31)

今年も続けています。

2月へ
3月へ

1998年
1.1
(木)
昨年の1月末にホームページを開設して大晦日で来館者が2000名を越えた。メールの数は、事務的な連絡や友人からの物を除くと65通。時々、「ホームページを見た。」と声を掛けられる様になった。多少は開設した成果があったようだ。そろそろページを新しくしなければ。今年の最初の課題はホームページの更新だな。
来館者2007名
1.3
(土)
正月のデパート催事の2日目。暮れの30日にスタートし元日の休暇を挟み、日程では4日目になる。(分かり難いかな?)デパート恒例の福袋目当てのお客さんなどあり、正月は大賑わいだ。珍しい知人も来店し、年始の受付の様な気分。暮れの16日に横浜そごうをスタートし、ほぼ休み無しでここ迄来たがあと3日で終了する。まさに暮れも正月もあったもんじゃない。7日は休むぞ!
我が家の風呂の調子が悪い。自動で適温になるはずなのだが、いくらやっても水風呂だ。手動で風呂に湯を溜めたが、冬に調子が悪いとホントに困る。
来館者2010名
1.5
(月)
年賀状差出人の記載の無いものが2通ある。慣れない毛筆で書いてあるので誰の字か判らない。年賀状なので消印も無い。思い当たる人も無い。こんな場合どうしたらいいのだ?
テレビで「第二の戦後」「第三の開国」と云っていた。なるほど。「現在の社会状況を危機と思わず、チャンスと捉える。」には納得。
メールの年賀状3通来信。内1通は思いがけない方からだった。ビックリしたなぁ。また、懸賞付き電子メール、と云う物も戴いた。ふぅぅん、こんな物があったんだ。当たるとデジカメが貰えるらしい。
絵馬師の方の通夜へ行く。安らかなお顔だった。残された我々に出来るのは、ご冥福をお祈りするしかない。全てが思い出になってしまった。合掌。正月明けだったので斎場は大混雑だった。正月も終わったのだな。
来館者2032名
1.6
(火)
池袋西武の催事終了。12月16日、横浜そごうの催事から約3週間の長丁場だった。途中休みが2日ほどあったが、ほぼ連続していたのでさすがに疲れた。感覚的にはまだ歳末なのだが、明日は七草で正月も終わっている。残した仕事や註文は殆ど無いので今頭の中は真っ白状態。横浜も池袋もホームページを見て来場された方が若干だがあった。ありがたや、ありがたや。取りあえずページ上の終了した展示会予定は削除して、今夜はゆっくりと寝よう。風邪ひかなきゃいいが。
来館者2039名
1.15
(木)
随分と日記をサボっていたら、成人の日になってしまった。この間幸いに風邪はひかなかったが、この一週間に3回も雪が降りその度に雪かきをしていた。普段使わない筋肉を使うので全身筋肉痛になり、特に掌の筋肉か筋を痛めピンセットが上手く握れない。雪も続くと仕事に支障が出る。
来館者2101名
1.18
(日)
凄い番組を観てしまった。NHK特集「なぜ隣人を殺したか・ルワンダ虐殺と扇動ラジオ放送」。裏番組で、秋吉敏子や圓生をやっていたのでそちらも気になったが、引き込まれて見入ってしまった。アフリカの小国、アフリカで最も人口密度の高い国、ルワンダ。以前、ルワンダの200万人の難民が大きく報道され、民族問題が原因と云われていた。幼児から老人に至るまで80万人を虐殺し、その報復を恐れた200万人が難民として国を出たのである。加害者も被害者も市井の一般市民であった。事の起こりは、民族紛争の妥協的な妥結に危機感を抱いた急進的なラジオ局(千の丘ラジオ)とそのプロデューサーが放送を通じ、国民の不安を煽り、妬み嫉みを徐々に怒りに変えて行き虐殺へと扇動して行った。虐殺は2ヶ月続き、80万人が犠牲となった。番組では異民族間で結婚した家族を取り上げ、社会の虐殺の流れに呑み込まれて行き、家族の中で加害者と被害者を生んでしまった様子をラジオの放送を合わせ振り返って行った。50年前ゲッペルスや大本営が、少し前のクレムリン、現在ではペンタゴンや平壌放送が使う手口を「千の丘ラジオ」も使った訳である。インターネットも一歩間違えるとこの途を歩むメディアになりかねない。
来館者2122名
1.26
(月)
ホームページを開設して丁度一年がたった。のべ来館者数は2190名、メールの数は個人的な物を除いて70通。イタリアやアメリカからもメールが来た。ご無沙汰していた知人から感想が来たり、ホームページをきっかけに知り合った人もあり、最近はデパートや自宅の博物館へ、ホームページを見て来る人が時々ある。まぁ、そこそこの成果があるようだ。リピーターを増やす為にも、模様替えをしなければなぁ。
ちなみに、一周年の記念行事は何もやらないよ。
来館者2190名
1.29
(木)
明日、作品展の準備の為、鹿児島へ出発する。今回は若手だけで「市松人形・押し絵羽子板」との3人展になる。どんな事になるのやら。
来館者2209名
1.31
(土)
只今鹿児島県姶良郡にいる。3人でのグループ展の為出張中なのだ。S雲さんと一緒に来ているが、ホテルはツィン・ルームなのだがベッドがピッタリとくっ付いている。ダブル・ベッドのようだ。ここで勇気を出して決心してしまうと禁断の世界へと入ってしまう。だが、まだ新婚中のS雲さんなので、決心はしなかったようだ。よかった、よかった。そんな心配を他に、作品展は順調なすべり出しをした。大きな都市では無いが鹿児島市に隣接しているので、鹿児島市からも多くの方が来場された。工芸品に興味のある方が多いようだ。地元の方の云うには、「姶良郡は(海彦・山彦)の舞台になった土地だし、猿楽の発祥の地である。古来より、伝統的・文化的な物には理解が深い。」そうだ。なんとなく納得する。
来館者2225名
2.2
(月)
昨日はプロバイダーが繁盛していてブラウザが接続出来なかった。だから昨日の来館者数は不明。メール来信、教室の問い合わせ。教室のシステムをお知らせする。その他、S雲さんへ連絡のメールを入れる。
打ち込んだ住所録の郵便番号を自動で7桁にしようと思っていたが、候補が多い場合は適当に振り分けられるので手作業でやる事にする。全て変換するとなると大変な作業になる。必要な所から始めよう。
来館者2234名
2.4
(水)
昨日・節分で、今日・立春。春なのに風邪をひいたようだ。喉が痛い。メールで教室の申込みがあった。今年は160名の申込みがある。来週より教室スタートするが、160名を何回かに分けるので随分と待たされる人もあるはずだ。ご容赦願いたい。
来館者2252名
2.8
(日)
作品展開催中の鹿児島県・姶良について更に歴史的な事を発見した。科学雑誌 Newton によると、桜島を含む鹿児島湾の奥、直径20キロメートルの円形部分はカルデラであり「姶良カルデラ」と呼ばれる。阿蘇と並び世界でも1,2を争う巨大カルデラだそうだ。桜島は姶良カルデラの中央火口丘に相当するらしい。姶良カルデラは約2万2000年前に大爆発が起き、その火山灰は遠く青森まで達している。日本の地層の年代決定は、この姶良火山灰層より上のものは2万2000年以降のものであるとできるらしい。2万2000年前と云うと、氷河期で旧石器時代になる。人類はまだ土器を発明しておらず、農耕も始まっていない。縄文人の出現する前の事だ。(ちなみに Newton によれば、世界最古の土器は日本で発見された約1万4000年前のものらしい)古代日本全国に影響を与える大爆発を起こした姶良の地で、今再び作品展で同じ様な大爆発を起こしたい、と思うのはやはり高望みしすぎかな。
来館者2272名
2.9
(月)
ジュエリー関連のサイトからリンク依頼が来る。関連は薄そうだが相互リンクを貼る事にする。取り立てて急いではなさそうなので、返事は今週中に出そう。4月の出張で出掛けるデパートにリンクを貼ったが返事は無い。まぁ、黙認なんだろう。出張が終わる迄の期限付きリンクなのでこれで良いのかな。
来館者2282名
2.11
(水)
昨日・今日と金メダル連発の建国記念の日、今年最初の「つまみかんざし教室」開催。参加14名と少々少な目だが、いつもながら熱心な生徒さんばかり。休憩を入れても丁度2時間で終了したので、早く出来た方だ。器用な人ばかりだったのかな。
来館者2302名
2.13
(金)
そんな馬鹿な話があるか! 科学的にマリファナの反応が出たのにおとがめ無し、だと? 警察も発覚してから何時間もたってからガサいれして物証がある訳が無いだろう。独自に検査をして、反応が出たら即刻、国外退去にするべきだった。五輪選手だからといって、臆する事はない。日本はポールだって追い返した国だぞ。そもそも長野五輪に関しては不満があるのだが、政治的な話になりそうなのでこれ以上は触れないようにしよう。いや一つだけ付け加えると、「ミズスマシ」呼ばわりされた選手が金メダルを取ったのは良かった。
教室に参加された方からメール来信。楽しかったようだ。話は変わるが、以前リンク依頼のメールがあり、そうゆう場合「リンクをしたい」と云ってくるのが普通と思っていたが、そこは「相互リンクをしたい」と云ってきた。まぁ、こちらとしては余程の事が無い限り「相互リンク」は基本方針なので結果は同じなのだが、なんだかなぁ。
来館者2317名
2.15
(日)
祖父の17回忌。生憎の雪で寒い寒い。生前にホームビデオで撮影した祖父の仕事姿を観る。映像は悪いが、奇麗な指をしていた。亡くなる1年位前の映像なので、仕事はとてもゆっくりとしていたが、見本も何にも見ずに若い頃に作った簪をドンドンと作って行く。今見ても表現力など、とてもかなわないな。
火曜日から広島へ出掛ける。もしかしたら出発前の最後の日記になるかも知れない。風邪がまだ抜けきらないが、なんとか元気に行ってこよう。一週間はメールを貰っても返事は出せないよ。
来館者2324名
2.16
(月)
プロバイダーに今年の年額の会費を支払っていない事に気付く。調べると有効期限は1月の末日だった。2月分は無料で使用していた事になる。あわててメールで問い合わせる。しかしプロバイダーも呑気なものだ。チャンと支払うから新しい料金を知らせてくれ。最も明日から出張なので支払は来週になってしまうが...。明日の朝広島へ出掛ける。
来館者2332名
2.23
(月)
広島での展示販売終了。ご来店された方、ありがとうございました。今回は弟のノートパソコンを持って行ったので名簿の整理が直ぐに出来た。また、公衆電話から接続してメールの確認も出来た。なかなか面白い。
来館者2371名
2.28
(土)
広島から帰京すると家族が風邪をひいていた。今年の風邪はひつこい。今日はつまみかんざし教室だったが、やはり風邪で欠席の方が数名いた。今年は風邪で欠席の人が増えそうだ。
来館者2411名
3.1
(日)
作り方のページに写真を載せる。2月に撮影した物だ。伸子張りは日の弱い乾燥したこの時期にするのがよろしい。作業しているのは父親と手伝っている母親が一寸写っている。写真を載せたので、初めて見る人でも理解しやすいだろう。
I先生の新作ページを見る。イタリアで頑張っている日本人がいるんだなぁ。エライ!
横浜へ行く用事があったが雪のため中止する。朝のニュースではローカル線が少々運休していた。午前中は凄い降り方だったので、取りあえず横浜行きは延期する。昨日の天気予報では雪なんて一言も言ってなかったぞ。
来館者2419名
3.3
(火)
雛祭りなので家族のリクエストに応え、白酒を買いに行く。夕刻の6時頃だったのでスーパーでは売り切れだった。何件か廻った酒屋にあった。しかし、子供用の清涼飲料水の物しか無い。これがやたらと甘い。昔の甘酸っぱい濁酒の様な白酒は普通の酒屋には無いようだ。
来館者2430名
3.6
(金)
展示会と日記のページを更新する。展示会は父親が伝統工芸士会の展覧会に出品するので、その展覧会を載せた。3日間だけの展覧会だがつまみかんざしは一人だけの出品となる。
今日は「つまみかんざし教室」を開催した。昨晩の雪で心配したが午後には雪はすっかりと消えていた。予定通り約2時間で終了。ほとんどの人が次回の開催を希望していた。次は5月頃になるだろうなぁ。
来館者2455名
3.11
(水)
メール2通来信。昨日と一昨日のメールだったが2日サボっていたので本日開封する。修学旅行で博物館へ来る予定の中学生と、つまみかんざし教室の申込みのメールだった。返事は明日書こう。I先生のページが更新されていた。壁紙が一新されとても奇麗だ。ビジュアルでもこの方にかなわない。文章だけダウンロードしゆっくりと読もう。また感想を送らねば。
仲間2人がノートパソコンを買うつもりらしい。どうも続けられそうも無い2人なので心配だ。自分の希望だけ勝手に述べて、素直に人に物を尋ねる事を知らない人達なので続くかなぁ。困った時に助言を求める人が近くに居ないとパソコンは続かないからなぁ。最もウィンテルを買うらしいので俺にはアドバイスは出来ないが。
来館者2485名
3.18
(水)
昨日から横浜そごう・ジャパンショップにて展示販売をしている。来週の月曜日迄。売場としてはアンティーク家具の特集をしているので、それらの家具の上に簪を並べている。簪は時期的な要因もあり余り売れないのだが、簪を並べた家具はよく売れている。家具の引き立て役に来たようなものだ。この調子での丸々一週間は長いなぁ。
来館者2522名
3.23
(月)
ロリンズだぁ。NHKのBSでソニー・ロリンズのコンサートをやっていた。68才だそうだ。さすがに往年のど迫力は無いが、軽快で重みのある音(矛盾しない)で息の長いフレーズなどロリンズそのものだった。(ソニー・ロリンズを知らない方の為に解説すると、音楽のジャンルはジャズ、しかもモダン・ジャズと呼ばれたあたりだ。当時はダンモなどと呼ばれていた。1950年代〜60年代に大活躍したテナー・サックス奏者。ジョン・コルトレーンと並び2大テナー奏者とされていた)モリタートやセント・トーマスなどのナンバーもしっかりとやっていた。見た目は老けたが、相変わらず元気そうだ。
横浜そごうの仕事が終わった。仲間のスケジュールの穴埋めで入れた仕事だったが、やはりこの時季にやるのはキツイ。いやー疲れた。デパートの仕事でこんなに疲れたのは久しぶりだ。しかしそうこうしている内に来週は小倉へ行かなくてはならない。久々に小倉での施設訪問も決まったようだし、疲れたなどと云っていられない。今週来週とハードなスケジュールだ。
来館者2554名
3.28
(土)
本日つまみかんざし教室。今日は遠来の人が多く、群馬県や、なんと!滋賀県大津からわざわざ来た方もあった。皆熱心なので予定通り約2時間で終了。
来館者2581名
3.29
(日)
日曜日、予想最高気温24度。どうせならもう1度頑張って「夏日」になればいいのに。3月の「夏日」は記憶に無い。実際に何度迄あがったのかは未確認。しかし暑かったのは確かだ。3月にこんなに暑くなると服装もバラバラだ。ダウンや皮ジャンを着ている人もいるし、Tシャツだけの人もいた。さすがにショートパンツにサンダルはいなかったが、もし5・6月にこの気温になったらコートを着た人は希だろう。春夏服の準備が間に合わなかったせいもあるだろうが、習慣的にコートを着てしまった人もあるだろう。同じ気温でも状況で受けとめ方が大分違うものだ。余り暖かかったのでエライ久しぶりにソフトクリームなど食べて(飲んで?)しまった。何年ぶりだ?しかし、これがイカン。一日中、胃がもたれて飯が喰えん、口の中が気持ち悪い、煙草も不味い。明日下痢しなけりゃいいが.....。甘い物は割と平気な方だと思っていたが、段々受け付けなくなって来たようだ。酒も受け付けないしどうすりゃいいんだ。
江戸東京博物館での展示が終わる。よい催しだったが期間が短かったし告知らしい告知もしていないので認知度はほとんど0。主催者曰く、「時間も金もかけないで、こんなに立派な催しが出来たのは大成功だ」。何が目的だったんだ?
来館者2585名
3.30
(月)
本日もほとんど夏日。明日早朝に小倉へ出発する。従って一週間は何も更新しない。気の早いI先生は小倉用にメールをくださったが明日小倉から返信しよう。
来館者2590名
3.31
(火)
小倉へ来た、デパートの催しの為。小倉でメールの確認をする。2通来信。1通には返信を出す。もう1通には帰宅してから出そう。モバイル出来ると便利、便利。
来館者 2595名

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